1934年ナチスが電磁波を使った
殺人光線を開発したという話から、その可能性を政府にきかれたワトソン=ワットはこれを否定した。1935年電磁波による航空機の探知システムを航空省に提案した。秘密の実験が2月から行われ、その可能性がみとめられたので、4月には特許が認められた。6月には27kmまで探知でき、その年の終わりには探知距離は100kmまでのびた。1937年までには迎撃システムをつくりあげた。1941年にはレーダー研究を始めたアメリカに渡った。レーダーの開発の功績により1942年ナイトとなり、£50,000の報酬を与えられた。戦後はカナダやアメリカで暮らした。