13世紀、
元が
南宋を征服して
中国全土を支配すると、立場が逆転し、漢民族は
モンゴル人によって「蛮」と呼ばれることになる。元朝は
金の遺民である華北の住民を「漢人」、南宋の遺民である
江南の住民を「南人」もしくは
蛮子(まんじ、
中:Man tzu)と呼んだ。モンゴル人や
色目人と比べて、漢人や南人は公職への登用が限定されていた。また、元朝は降伏させた南宋の漢人部隊を「蛮子軍」と名づけ、
弘安の役に動員した。
マルコ・ポーロの『
東方見聞録』では、中国北部のことを「カタイ」、中国南部のことを「マンジ」と呼んでいる。