『
続日本紀』によれば
霊亀2年(
716年)3月27日に
河内国から和泉郡、日根郡を割き、さらに同年4月13日に河内国大鳥郡をあわせて
和泉監(いずみげん)が建てられた。この地に離宮として茅渟宮(珍努宮、和泉宮)が置かれたことが、
監という特別な位置づけに関係していたと見られる。その後、
天平12年(
740年)8月20日に廃止され河内国に合わさった。
天平勝宝8歳(
天平宝字元年、
757年)5月8日に和泉国として再び設置された。『
日本紀略』によれば、
天長二年(
825年)3月30日、摂津国の
東生・
西成・
百済・
住吉の4郡を和泉国に編入しようとしたが、地元の反対があったため、同年閏7月21日に取り止めとなった。