木更津市 wikipedia|無料辞書
-->
◆ 地理
木更津市の地勢について[『木更津市史』頁10「第一節 地理」より][『角川日本地名大辞典 12千葉県』頁1013「立地」より][距離情報はGoogle Earth(Ver4.0.1565)のルーラー機能を用いて概算を求める]
房総半島の中西部、東京湾岸(内房)に面しており、
県庁所在地である
千葉市から南西約30kmに位置する。
東京都心から南東に30〜40kmに位置しており、
東京圏の範囲に含まれる。但し、東京都心と木更津市との間に東京湾を挟む為、移動距離はこれよりも長くなる。東京湾北側を周回した場合の移動距離は70〜80km程度であり、東京湾アクアラインを利用した場合は45km程度である。
; 隣接する自治体
市域は東西に長く広がっており、市の東部は
山地、西部は平地と地形の性質が異なる。市中西部(木更津地区、清川地区)は東京湾に面しており、東京湾へ流れ込む複数の河川により
沖積平野が形成する。また、東京湾臨海地区は木更津港南岸から君津市、富津市に掛けて工業用
埋立地となっている。市北部(岩根地区、金田地区、中郷地区)では
泥層を主とする
田園地帯が広がり、木更津駅から千葉方面に向かって走る列車の車窓からは
ハス田が確認できる。市南部(波岡地区、鎌足地区)を中心に
洪積台地が形成され、
住宅地として整備されている。特に鎌足地区では
かずさアカデミアパーク構想における研究開発拠点としての整備が行われている。市東部(富来田地区)は、小櫃川流域では田園地帯を形成し、房総半島内陸部の特徴として見られる房総丘陵の
山林が広がっている。
市の主な
河川として、県内では利根川に次いで2番目に長く総延長88kmの小櫃川がある。小櫃川は君津市、袖ケ浦市、木更津市の3市を貫流し、市内では東部から北部にかけて流れ下り東京湾へと注いでいる。また、小櫃川河口付近では1,400ha程の
盤洲干潟が形成されている。市内には特に高い山が無く、最も高い場所でも
標高200m程度である。
; 市域[市域の延長は木更津市公式ホームページ「市のプロフィール」より]
・ 東西:21.98km
・ 南北:14.54km
; 自然
中心市街地は旧木更津町の範囲に相当する木更津地区に形成されており、木更津地区には
市役所や木更津警察署、木更津消防本部、木更津図書館などの公共施設、および市の中心駅である
木更津駅や重要港湾の
木更津港が存在する。市の玄関口に該当する木更津駅前および木更津港を中心に商店街を形成するが、バブル崩壊による経済構造の変化に伴い駅前商店街は活性から衰退傾向に転化する。その代わりに1990年代以降、東京湾アクアラインに代表される高速道路網の整備により、主要交通機関が鉄道とフェリーから自動車へと変化し、
館山自動車道や
東京湾アクアライン連絡道に接続する
国道16号沿いに郊外型の
店舗が集中する。
; 市内各地区の風景
画像:Center of Kisarazu.JPG|木更津市街地(木更津地区)
画像:Kisarazu North-Area.JPG|水田地帯とJR内房線(岩根地区)
画像:Kazusa AkademiaPark.JPG|かずさアカデミアパーク(鎌足地区)
画像:JRE Kururi-Line.JPG|久留里線の風景(富来田地区)
画像:Boso-hill.JPG|房総丘陵
画像:Obitu-Dam in kisarazu.JPG|小櫃川(小櫃堰)
画像:YanaRiver Kisarazu.JPG|矢那川
画像:Tideland Tokyo-bay 02.JPG|盤洲干潟
◆ 地域
◇ 人口
市制が開始された当初はおよそ3万人の
人口であった。市制開始以降は近隣の町村との合併により人口増加を続け、に富来田町と合併した時点で人口が86,335人となる。
1960年代に入ると県内では内房地域の市町村を中心に、海岸線を埋め立て工業地として整備し、重化学工業メーカーが多数進出する。木更津市においても関連企業の転勤者およびその家族が転入し人口が著しく増加する。には人口10万人を突破し県内で9番目の10万人都市となり、には人口12万人を超えた。
バブル崩壊で人口が減少に転じたが、を底として反転増加傾向を見せている。
; 人口推移 [『木更津市統計書 2002年度版』頁5「7.人口と世帯の推移」よりグラフ化]
各年10月1日現在