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「田辺市」||料理-master.com 【05/28update】

田辺市 wikipedia|無料辞書

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|特記事項=ここでのデータは新制の物。旧制のデータはを参照。
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田辺市(たなべし)は、近畿地方の南部、和歌山県の中南部に位置するである。
和歌山県中南部の中心地である。熊野古道の中辺路ルート、大辺路ルートの分岐点で、「口熊野」と称される。
現在の田辺市(新制)は、2005年5月1日に、田辺市(旧制)、龍神村中辺路町大塔村本宮町新設合併によって発足し、近畿で最大面積を誇る市である。

◆ 地理
気候は黒潮の影響があり、比較的温暖であるが、内陸は山が迫り、山地的な気候の影響がある。一方、市の北部は紀伊山地に面する。熊野本宮大社をはじめ、熊野参詣道熊野九十九王子社跡などは、ユネスコ世界文化遺産紀伊山地の霊場と参詣道」の登録物件である。
海岸線は入り組んで田辺湾を形成する。湾の北の端には天神崎があり、南側は白浜に接する。湾内には神島など小さな島があり、亜熱帯性の生物が記録されている。
:槇山高尾山護摩壇山
:会津川芳養川日置川日高川富田川熊野川

◇ 人口

◆ 歴史
源義経の片腕である武蔵坊弁慶のふるさととされる、この田辺は熊野水軍の根拠地でもあった。江戸時代には口熊野の中心地として重視され、紀伊徳川家の一族や重臣が田辺に封ぜられた。明治維新の際には田辺藩が成立した。
1889年 - 町村制施行に伴い田辺町設置
1923年 - 湊村、西ノ谷村を編入
1942年5月20日 - 西牟婁郡田辺町及び下芳養村が合併し、田辺市(旧制)が発足する。
1950年12月15日 - 西牟婁郡万呂村、下秋津村及び稲成村を編入。
1954年2月4日 - 西牟婁郡新庄村を編入。
1955年3月15日 - 西牟婁郡西富田村を編入。
1958年7月1日 - 田辺市堅田町及び才野町(旧西富田村の地域)を分離、白浜町に編入。
1964年10月15日 - 西牟婁郡牟婁町を編入。
2005年5月1日 - 田辺市(旧制)、日高郡龍神村西牟婁郡中辺路町大塔村東牟婁郡本宮町が合併し、新制の田辺市が発足。

◆ 行政

◇ 新田辺市
真砂充敏(まなご みつとし)、旧中辺路町町長
  ・ 任期:2005年5月22日 - 2013年5月21日

◇ 旧田辺市