大正初期から、将官人事はこの三長官が合意とすることが慣例となった
[この慣習の由来と詳細は、高橋正衛『昭和の軍閥』(講談社学術文庫、2003年) ISBN 4-06-159596-2 V 昭和の軍閥 真崎教育総監更迭問題 陸軍の人事権〜大正二年の人事内規 p274〜p281 を参照。]。
清浦内閣の陸相人事をめぐって揉めた際、「三長官合意」を論拠として
宇垣一成が陸相となった。それはその後も慣例として続き、陸軍の幹部人事について三長官が会議を開くことが陸軍省参謀本部教育総監部関係業務担任規定で明文化された。
軍部大臣現役武官制が復活した際は、この三長官合意を盾に、陸相を推挙しないなどの行動によって、
組閣断念や
倒閣となることがあった。